いきなり「悪意」などと言うと、多くの社長からお叱りを受けそうなので、多少弁解するが、ほとんどの社長が「悪意」を持っているわけではない。多くの社長は、その本業とも言うべき利潤を確保するために背伸びすることが必要であり、少なからず大げさに伝えたりする。その中で、悪い影響があるものを、少々誇張した言い方をさせていただいているので、その点はご容赦願いたい。
ただし、受け取る側は、情報発信側に悪意が有ろうとなかろうと、影響の度合いを十分に見抜かないと、それなりに自分の人生がかかっているので、後々大変な思いを抱くことになる。ここでは、その見抜くためのポイントについて、いくつか述べさせていただく。
まず、結論から先に述べると、見なくてはいけないポイントは大きく以下の2点である。
〇社長の言っていることと実際の企業数字のギャップ
〇社長の言っていることと実際の社長自身の時間の使い方のギャップ
これらのギャップの中に、社長自身の思いが現れており、時にお茶目な背伸びもあるが、場合によっては大変な悪影響の有るものが存在するのである。
まず、実際の企業数値とのギャップであるが、一つ例を挙げると、会社選びをする新卒者は、企業の方々から「弊社は人材を大切にします」「ジンザイのザイの字は財産の財です」などと良く聞かされることがある。これは、はたして、具体的にどの数字に表れるのか。
たとえば大切な人材にどの程度給与としてお金を支払っているのか、と考えることができる。つまりは、実際に企業の上げている付加価値の何割を給与に投じているのか、という具体的な数値で確認してみるということである。となれば、この場合は、労働分配率(=全体の給与÷付加価値)という言葉で一般に知られており、これを調べることで、大体のイメージをつかむことはできるはずである。またもし、「人を大切にする」とは、福利厚生のことだととらえるならば、一般的な健康保険や労災保険、雇用保険とは別に、どの程度お金を使っているかを見れば良いし、もし、人材育成だととらえるならば、一人あたりの教育研修費がいくらかを見ればわかる。決して目新しいルールや取組に惑わされるべきではない。そこには、企業のためのプロモーションも含まれていると考えた方が良く、いつまでも続くとは言えないからだ。
そして次にこの調べた会社の数字や割合を、その業界の標準と比較してはたして本当にすぐれているのか、平均からどの程度かけ離れているのか、と言ったことを見ることができれば、その社長(または社員)の言うことがウソなのかホントなのか判断することができる。
以下に参考となる項目を挙げておく。これらのうちどれか一つでも気に掛けておくと、いろいろな事を理解する手がかりになるはずである。
「従業員を大切にしている」と言われたら…
・労働分配率
・離職率推移
・福利厚生費の売上や総資産割合
・教育研修費の売上や総資産割合
・教育研修部門や福利厚生部門の人数割合 等
「アイデア創造企業であり、将来性がある」と言われたら…
・開発費の売上や利益割合
・年間平均在庫や除却資産の売上や利益割合
・開発メンバーの人数割合
・産業財産権取得推移 等
「技術力が高く、顧客から高く評価されている」と言われたら…
・開発費の売上や利益割合
・技術メンバーの人数割合
・営業やサービスメンバーの人数割合
・産業財産権取得推移 等
次に社長自身の時間の使い方のギャップであるが、先の例でいうなれば、社長自身が新入社員や中途採用した方々に対して、どの程度具体的な時間を費やしているかを見ることである。「当社は人材を大切にし、特に新人教育には力を入れています。」という企業があったとするならば、果たして社長自身がどの程度新人研修に時間を割いているかを見れば良い。外部の新人研修サービスに放り込んでオシマイ!というのであれば、たしかに教育研修費は使っている分、なにもしないより増しではあるが、社長の時間はまるで使われていないので、「大切にする」という言葉の割に、まるで具体性が無いということになる。
社長の時間の使い方については、業界標準と言ったものはほとんど手に入れることはできない。この点はいくつかの企業を見る中で、一般的な社長の時間の使い方を自分なりの物差しとして、把握しておく必要がある。
以上述べてきたように、これらのギャップをはかることで、社長の思いを若干垣間見ることができるのである。
将来的に「従業員を大切にする会社」と呼ばれたいという思いが、現実は別として「当社は社員を大切にしている」という言葉になって表れているのである。
ギャップをはかり、ある種のウソを見抜き、その思いの背景を見て、まずは本当に自分にとって悪影響があるのか無いのか、これを見極めることが、会社選定にあたっては大変重要である。
特に社長交代を可能にするガバナンスを持たない(つまり社長交代が不可能な)中小企業においては、「企業」=「社長」であるので、「会社を選ぶ」=「社長を選ぶ」ことであり、そのつもりで判断する必要があるのである。
そして、ここからは少々主観が強くなるが、もう一つ重要なのは、このウソ(万が一ウソがあったとして)がちょっとしたオフサイドなのか、それとも重要な悪意あるペナルティなのかを判断しなくてはならないということである。この点に関しては、各自の主観も大きく作用するので、具体的な判断基準を伝えることはできないが、ひとつ参考となることを伝えると、このウソが社長個人の「虚栄心」に由来するものである場合は、十二分に気を付けた方が良い。たとえば、「当社はチャレンジ精神が豊富で、利益のほとんどを開発につぎ込んでいる」や「当社は社員を大切にしており、非常に離職率が低い」などと言った話が、実際には標準的な水準以下であり、かつ、その理由が単に「社長のかっこつけ」であった場合は、特に注意が必要だということである。
こういった社長は、様々なところで同じような話を繰り返し行う中で、自らがかっこよく見えるウケの良い言葉だけが残り、もはやウソをウソと思わなくなっている。完全に自分の思い込みの世界の中に生きており、業界の標準的な数字などには目もくれず、うぬぼれが強いため、他人(特に社員)の意見には耳もかさずに突っ走る。こうした社長のもとで、「社員が一番大切!」などと言われながら仕事を続け、外部と隔離されて、ろくな教育も受けずに、目が覚めたときは転職できない状況になっている方々は私の知る限りでも決して少なくない。
是非、皆さんがこうならないように、自分自身の物差しを持ち、「実際の企業数値とのギャップ」と「社長自身の時間の使い方のギャップ」に目を向けていただきたい。
言行の不一致を見れば、もしかしたら彼氏(彼女)のウソも見抜けるかもしれない。
文責:横原 大